卵管性不妊
−手術によって卵管性不妊の多くの症例が治療可能である−
はじめに
 

 卵管を取巻く生殖医学の進歩は著しく1978年のSteptoeらによって初めて成功した体外受精は、画期的 な不妊治療として全世界に普及し女性不妊の治療法も一変してきていますが、その成功率(分娩率) は、依然20%以下と期待した程高くありません。一方、 卵管性不妊の手術療法も1976 Swollinによって初めて試みられたマイクロサ−ジェリ−による 卵管形成術以来、選択的卵管造影法、 卵管カテテリジェ− ションなど新しい治療法が開発されてきております。 そして今日、腹腔鏡周辺機器の開発によって腹腔 鏡下手術が可能になったことから卵管不妊の治療にも大きな変革が見られています。この腹腔鏡下卵管 形成術は、 マイクロサ−ジェリ−、体外受精に続く第3の新しい不妊治療として非常に期待されていま す。 妊娠の成立課程、妊娠の反復性、 経済性ならびに患者に与える精神的治療効果なども考慮すると女 性不妊の 手術療法の意義は大きいといえます。

  卵管性不妊の頻度
 
   

 不妊に悩む夫婦は、10組に1組といわれています。 不妊原因の中で子宮や卵管に起因する卵管性不妊 が最も多く35-40%を占めています。 次に多いのが排卵障害で34.2%です。図1は、われわれが行った不 妊患者2875例の統計で、 子宮や卵管に原因のある不妊は最も多く1102例38.3%でした。 クラミジア感染 症などの骨盤内感染症が増加する傾向にあることから、 今後卵管性不妊は増加するものと思われます。

  図1 不妊原因とその頻度
 

 

 

卵管性不妊の診断
と 治療手順
 

 卵管性不妊の診断・治療には、 多くの方法があります。われわれが行っている卵管性不妊のプロトコー ルを紹介します。 まず卵管性不妊の診断を、通気または子宮卵管造影によって行い卵管の疎通性を検索 します。 その結果、両側の卵管閉塞が認められた場合には、 細経の子宮鏡を用いて子宮腔や卵管子宮口を観察、 選択的に卵管内に造影剤を注入し選択的卵管造影を行います。 これによって卵管の疎通性が得られれば経過を観察します。 選択的卵管造影法によっても疎通性が得られない場合または疎通性が不十分な場合には、 経腟的にカテ−テルを卵管に挿入、卵管の拡張を行います(カテテリジェ−ション)。 これ によっても卵管の疎通性が回復しない場合には、腹腔鏡検査を行い、 開腹術による卵管形成術(マイク ロサ−ジェリ−)を行うか、体外受精を行うかを決めます。 一方、子宮卵管造影によって骨盤内癒着が 認められた場合、癒着などが疑われた場合、 原因不明不妊の場合なども腹腔鏡検査を行い不妊の原因追 及を行います。 この際、卵管癒着や卵管留症など不妊原因が認められれば、これを腹腔鏡下手術によっ て 癒着剥離術や卵管開口術を行います。その程度が重症であれば開腹術による卵管形成術 (マイクロサ −ジェリ−)を行います。それでも妊娠しない場合には体外受精を行います。 なお子宮卵管造影によって癒着などの異常が認められない場合でも、いろいろな不妊治療を行っても 妊娠しないような場合や長期不妊の場合には、 腹腔鏡検査を行う必要があります。これらの場合、 約30%に癒着などの異常が認められることからも 腹腔鏡検査を行う意義は非常に大きいと言えます。

  図2卵管性不妊の治療法
 
   

 

腹腔鏡下
卵管形成術
 

 マイクロサ−ジェリ−や体外受精に続く第3の新しい不妊治療として 腹腔鏡下卵管形成術が登場しま した。本法は、腹腔鏡検査によって卵管に異常が認められた場合、 腹腔鏡下手術(開腹せず)によって 治療する方法でminimally invasive surgery(MIS)と言われ、 不妊症領域においては無くてはならない治療 手段となっています。 本法は、手術侵襲が非常に少ないこと、入院期間が短くて済むことが大きな特徴で、 開腹術に比べて手 術が行い易いこと、視野が広く骨盤深部や狭い所に入っていける、 術後の癒着が少ないなど多くの利点 があり、 卵管形成術にとって理想的な手術法でその治療効果も高い結果を得ています。

  1.腹腔鏡下卵管采形成術
 
   

 腹腔鏡下卵管采形成術は、癒着が卵管采に限局している場合に行う術式で、 多くの場合、子宮卵管造 影や通気にて卵管の疎通性を認めています。 卵管采は血管に富み鉗子などによって容易に損傷され出血 しやすいことから、 如何に卵管采に損傷を与えないで卵管形成術を進めるかであります。 また術後の再 癒着を如何に防止するかが予後を大きく左右する因子です。 腹腔鏡下卵管采形成術の術後成績は、卵管 粘膜も正常であることが多く50〜60%以上期待できます。

  2.腹腔鏡下卵管開口術
 
   

 卵管采が炎症やその他の原因によって完全に閉塞し卵管留症を形成している場合に行う術式です。 手 術は、腹腔鏡下に卵管留症の先端部に十字切開を加え、卵管内を十分に洗浄した後、 5-0〜6-0号の吸収 糸で切開部卵管を翻転箇所固定します。 卵管開口術の予後は、卵管粘膜上皮の損傷程度、卵管の肥厚度、開口部位、 術後の癒着等によって異な ります。術後成績は、約30%と卵管形成術の中で最も悪いが、 術後の再癒着防止効果が期待できるこ とや妊娠しない場合でも卵管開口術を行なうことに よって卵管貯溜液の子宮内への逆流を防止できるこ となどから卵管開口術を 行う意義は非常に大きいといえます。

  3.腹腔鏡下癒着剥離術
 
   

 卵管または卵巣周囲の癒着を腹腔鏡下手術によって剥離する方法で、 腹腔鏡下手術で最も瀕度が高い術式です。癒着は、病態、広がり、 程度によってさまざまでありますが、癒着が軽度から中等度な場合 には、 開腹術より腹腔鏡下に行う癒着剥離術の方が臨床効果が期待できます。 腹腔鏡下癒着剥離術は、癒着が強度な場合には困難なことがあり 開腹術を必要とすることがあります。癒着は、子宮卵管造影によって骨盤内に限局した残像が認められる場合には診断が容易です。子宮卵管造影に異常を認めない場合でも、 約30%に骨盤内に癒着が存在していることも知られています。 後者は、腹腔鏡検査によって診断されます。癒着剥離術に最も大事なことは、剥離術後の再癒着防止を如何に徹底するかです。 再癒着は、予後を左右する重要な因子です。術中、術後の癒着防止対策の主なものは、 卵管形成術の原則を守ること、癒着防止剤を投与すること、術後、積極的な体位変換を行うこと、 十分な感染予防を行うことなどがあります。

  腹腔鏡下卵管形成術の成績
 

(国内23施設、1994)

 

開腹による
卵管形成術
(マイクロ
 サ−ジェリ−)
 

 卵管の異常を外科的に再建する方法で、卵管形成術には、 卵管采形 成術、癒着剥離術、卵管開口術、卵管端々吻合術、子宮内卵管移植術 (卵管角吻合術、子宮卵管吻合術)などがあります。

  (1)癒着剥離術
 
   

 強度(重症)な癒着は、開腹術による癒着剥離術を行います。 癒着が軽度であれば腹腔鏡下手術によって治療することが多い。 本法の術後成績は、卵管吻合術の次に良く、術後の再癒着が予後を決定する大きな因子と なります。われわれは大きな腹膜損傷部には腹膜移植を行っています。

= 卵管采形成術 =
  卵管采に限局した病変に行う術式で、卵管の疎通性はありますが卵捕獲が不可能になった症例に行われ成績も非常に良いです。

  (2)卵管開口術
 
   

 管采が炎症やその他の原因によって完全に閉塞している場合で、 癒着剥離術と同様に重症な場合に は、開腹術による卵管開口術を行います。 予後は、卵管粘膜上皮の損傷程度と卵管の肥厚度ならびに開 口部位によって異なります。

  (3)卵管端端吻合術
 
   

 卵管結紮手術後や炎症後の卵管閉塞時に閉塞部卵管を切除し再吻合する方法で マイクロサ−ジェリ− のなかで予後も最も良い。 卵管閉塞が限局している場合容易であるが、 閉塞が広範囲に及んでいる場合には、 吻合部卵管径が大きく異なり高度な技術が必要となります。

  (4)子宮内卵管移植術
 
   

 間質部卵管の閉塞を認めた場合、卵管間質部を摘出後、子宮壁に穴を空け卵管を子宮に移植する方法であります。 本法は、卵管の断端を子宮腔に固定するのみで吻合術を行なわないことから 術後成績も悪いことから、卵管角吻合術や子宮卵管吻合術が行なわれています。

1)卵管角吻合術
 閉塞している間質部卵管を切除し卵管峡部を吻合する方法です。間質部閉塞が、広範囲に及ぶ場合には、子宮卵管吻合術を行います。

2)子宮卵管吻合術
 われわれが行っている方法で、間質部閉塞の卵管をすべて摘出し末梢部卵管の断端部 を直接子宮内膜に縫合固定する方法です。術後成績も非常に良く、子宮外妊娠も少ないです。


3)マイクロサ−ジェリ−による卵管形成術の成績表は、国内23施設のアンケ−ト調査による成績です。2524例が行われ、術後の妊娠率 は、平均33.8%でした。子宮外妊娠率は、3.2%であった。術式によっては、48%(卵管角吻合術)と高率の妊娠率も得られています。妊娠率の低い術式の卵管開口術でも22.6%で した。しかし卵管開口術例は、2524例中711例と全体の28%を占めることから全体の妊娠 率を下げる結果となっていました。 表にわれわれのマイクロサ−ジェリ−による卵管 形成術の成績を紹介する。

マイクロサ−ジェリ−による卵管形成術の
成績
(国内23施設
     1994)

 

 

 

(1982 1.〜1990 12.)

術 式 手術例 有効例
妊娠例
外 妊
癒 着 剥 離 術 66 60(91%)*
23(35%)
3
子宮卵管吻合術 92 85(92%)
52(57%)
1
卵管端端吻合術 37** 36(97%)
25(68%)
-
卵 管 開 口 術 65 59(91%)
20(31%)
4
卵管 采 形成術 48 44(92%)
21(43%)
-
混 合,そ の 他 51 44(86%)
14(27%)
3
359 328(91%)
155(43%)
11(3%)
* Effective Operation・** 卵管結紮後再疎通術;15例
(1991 5.)

 

  おわりに
 
   

 卵管性不妊と診断された症例のなかには、 さまざまな治療によって治療が可能であることを述べまし た。 特に腹腔鏡下手術の登場によって卵管不妊の多くが低侵襲によって修復できるようになった 意義は 大きいといえます。 術後の再癒着を如何に防止するかが残された大きな課題でありますが、 この癒着防止法が確立されれ ば、卵管不妊の術後成績も飛躍的ま向上すると思われます。

  文  献
 
最近の不妊症の動向
卵管性不妊
婦人科における
腹腔鏡下手術

体外受精の概要
人工受精の概要
 

2)Osada H.: Diagnosis and Reanastomosis of the Occluded Interstitialis Fallopian Tube, In : Reconstructive Surgery in Gynecology, pp141-149, ed. P.G. Knapstein, Thieme Verlag, 1990 5)長田尚夫、佐藤和雄:不妊症、産と婦、58巻4号〜60巻3号、1-3、1991-93と婦、58巻4 号〜60巻3号、1-3、1991-93

 

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